a メリカ人の友人宅へお邪魔していて気がついた事があります。トイレのドアは使用後ぴったりとは閉めないのです。閉まっていれば使用中。ほとんどの家が同じだと聞きました。公共のトイレであれば、まず100%、ドアにスプリングがついていて未使用の場合は自動的に開いています。
 日本ではノックして確認することが当たり前になっていますが、トイレのドア一つとっても日米では違いがありますね。




nishi洋の家屋は家そのものが完全防備の構造になっています。ドアを閉めればもうあきません。
 石積みの密閉された空間をもつ建築に対して、日本建築は柱と障子、ふすまで区切られた空間が特徴です(引戸の形態です。引戸は押さえる必要がないのも事実ですね)。どの部屋も無防備です。部屋に仕切りをしてプライバシーを区別するということが、家屋の構造自体になく、家そのものが自然の中に融合してしまっているのです。
 例えば、障子を外してしまえば、廊下は座敷と庭をつなげ、全く別の解放された空間を形作ります。区切られただけの空間のため、お互いの気配を感じる所から、察し、気遣う文化が生まれたのではないでしょうか。

「西洋建築は完全防備 簡単には入れんなぁ」

「日本建築は無防備 開放的な感じだなぁ」

 明治以降の西洋化の流れの中で、建築においても西洋の形だけが取り入れられ、ドア開閉の際の心遣いなど、マナーはおざなりになっていたのかもしれません。生活の様式は大きく変わり、お互いを察し気遣うのを忘れてしまったようです。
 もともと私達の体に染み付いている心遣い、いつの時代も大切にしたいものです。
(基本的なドア開閉は、ドアのマナー(1)を参照ください。)


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